ミルハスの「浮雲」
感動はいつも、人々の身体を通してもたらされる。 光は、私たちをやさしく包みこみ、 音は、私たちを心地よく、また、激しく揺さぶる。 五感を刺激する空間づくり、それが大切だ。
Architects‘ writings: 02 あきた芸術劇場ミルハス
ホールは感動を生みだす場だ。だから、私たちの感覚に働きかける空間でありたい。陰影、静けさ、香り、肌触り…すべてが、混然一体となってはじめて、えも言われぬ感動を与える場になるのではないか。
ひとつの大きな空間に入るとき、わたしたちは自ずと、見上げる。それは、その場を五感で感じようとするからだ。だから見上げたその視線の先に、わたしたちを受け止めるなにかが、よりどころが、あって欲しい。
大空を見上げると、そこには雲があるように、わたしたちは、ミルハスに“浮雲”を浮かべた。
この“浮雲”がもたらす効果は絶大だ。それは、目に見えるものだけでなく、音の響きだ。音を可視化する技術は、新たな地平が広がる予感を抱かせてくれる。 新しいホールづくりに、わたしたちは、挑んでいきたい。
パンテオン
ミルハスの大空に浮かぶ雲
音響インテンシティ検証(※)
(※)ヤマハ空間音響グループ 提供
光へのあこがれ
光に満ちた空間をつくりたい。できれば、空の下にいるような開放的な雰囲気をつくれないものだろうか。わたしたちは、「浮雲」の中に光を仕込んだ。ガラスを通した拡散光が空間全体に降り注ぐようにした。まわりも、ふわっ、と照らし上げられ、その場はまるで重力を失ったかのようなだ。光に満ち満ちて、気持ちが高揚する空間をつくりたかった。
ホールに浮かぶ、その役割とは
「浮雲」といっても、これは物質だ。建築と一体に存在する。だから、機能、性能、といった効果をともなうものだ。ミルハスに浮かぶ「浮雲」は、硬質で、平滑で、そして質量のあるガラスで成り立っている。ステージからの音を反射し、ホール空間全体に行き渡らせる役割があるのだ。
「浮雲」によって、音が行き渡る(※)
「浮雲」なし(※)
(※)ヤマハ空間音響グループ 提供
舞台演出を補完する
現代の舞台演出は、私たちには、ますます、驚きと感動が与えるものになってきている。「浮雲」はこの演出にも役立つのだ。舞台を照射するための照明スペースにもなり、音の響きを整える音響調整カーテンの格納スペースにもなる。この浮雲は、ただ浮かんでいるのではない。劇場に必要な機能を備え、ホールの真ん中に浮いているのだ。
断面図
“雲”のような立体を、どのようにつくりだすか
凸状の立体をつくる。しかも、雲のように浮かぶ姿をつくりだす。この挑戦には、経験と技術が必要だ。現代の技術は進化を重ね、その蓄積がさらなる進化を呼び起こす。「浮雲」は、カーテンウォールと屋根の技術が組み合わさって生み出された。微妙な角度を調整するのは他産業で使われる“Ball Bolt(ボールボルト)”だ。これによって、三角形で構成される多面体、雲のような立体が組みあがった。
執筆者
建築概要
名称
あきた芸術劇場ミルハス
建築主
秋田県、秋田市
設計・監理
佐藤総合計画・小畑設計共同企業体
所在地
秋田県秋田市千秋明徳町2-52
構造
鉄骨鉄筋コンクリート造一部、鉄骨造 木造
延床面積
25,057.98㎡ 地上5階 地下2階
竣工年月
-
令和4年5月